「みんなに好かれようとして、みんなに嫌われる。(勝つ広告のぜんぶ)」を読みました

2019年7月25日木曜日

2.レバレッジメモ

t f B! P L
(初稿日:2011/08/01)
「みんなに好かれようとして、みんなに嫌われる。(勝つ広告のぜんぶ)」を読みました

以前に参加したセミナー内にて、ご紹介いただいた本になります。
セミナー内では「物量が勝っている側が勝つことがほとんど」という表現内にて使用されていて、広告戦略などの本かと思い手にしました。
しかし、実際はそんな狭い範囲のお話ではなく広告全般における本質を読みやすくわかりやすく、たまに皮肉をもちいた表現で解説されている、とんでもなく良書でした。

著者の仲畑 貴志氏は主にTVCMや街頭広告などでご活躍されたようで、書籍中でも主にとりあげられるのはそのような広告とわかるのですが、Web媒体でも十二分に考え方や本質は活かせるかと感じます。

コンテンツの見せ方や作り方からナチュラルリンクビルディングのきっかけ、
リスティング広告のキャッチコピーやランディングページなどの訴求するページでのユーザーへの姿勢など、本を読んでいる際にいかせそうな考えなどが盛りだくさんありました。
点と点を結ぶ線をしっかりと繋ぐための重要な点がいくつもちりばめられておりました。

レバレッジメモ

下心がバレている広告

下心がバレている行為の中では、大きなことばや立派なことばを多用するほど嘘臭く、受け手との心の距離を広げ、それが過剰な場合は嫌悪感を与えてしまう。

価値あるひとつを確かに伝える

アレコレ言って何も伝わらないより、価値あるひとつを確かに伝える。
価値として伝わなければ意味が無い。
TVCMでは、圧倒的なひとつの使用者利便が提示できれば、他の特性は無視できる。
視聴者は、TVCMでみた、たったひとつの特性以外の品質は良くないなどとは思わない。

消費者にとっての価値

開発に金が掛かった機能。高度な技術を要した機能。
でもそれが、消費者にとって価値ある機能とは限らない。

商品は、自分で自分の価値を語る

ネーミングそのものがセールストークしていると、スペースを他のセールストークに使うことができるし、余裕のある豊かなイメージ戦略が採れる時間が生まれる。

製品では売れない。商品になっているか。

製品は工場から出荷された物質で、そこには機能や性能が含まれているけれど、購入者の心にアプローチしていない。購入者の生活が見えない。
購入者の想定がなされておらず、購入者の快楽が見えない。
ターゲットを想定した名を持ち、パッケージを纏い、広告やパブリシティで、個人に対する情報価値を付加した人格を持って、製品は商品になる。

その商品に、会話をうながす情報はあるか?

何の情報もない商品、それについて語る内容の無い商品をだしていないか。
品質が揃った時代だからこそ、サービスをするというのなら、そこに何らかの情報がほしい。
人とひとの間に置けば、そこから会話がはじまるモノが今はご馳走。

広告表現は自己表現ではない

広告表現は、あくまでも商業活動の中での表現であって、自己表現ではない。
企業のイメージ価値を獲得するためのデザインや販売支援のためのコピー、指名買い促進のためのアイディアをこさえている。
アートや芸術はいらない。
戦術として芸術を利用するのが効率的ならよい。

消費者を無視して、クライアントをいい気分にするのを優先していないか?

広告は、ターゲットである消費者の心を奪い、企業や商品に関心をもってもらい、購買行動につなげ、販売促進を果たし、一番最後にクライアントに喜んでいただく仕事。

広告は効率を至上とする表現

広告予算削減のための工夫がクリエイティブ。
ライバル商品のポスターが10枚貼ってある横に、3枚貼って勝つか、もしくは同じくらいの効果を生む表現。それを成し遂げる工夫。
武器、兵糧、兵数ともに劣っている集団が勝利を手にしたケースは少なからずあった。
その戦略戦術家はクリエイターである。物量で勝っているグループが勝利するのは当然。
工夫を凝らして莫大な量に打ち勝つことが成功。

広告は時代の先になんかいかない

広告表現が成しうる最上は、現代を生活している人々の胸の中で、もうすでに芽生えている欲求や気づきはじめた願望を軽くすくいとり提示すること。
新しい価値や考え方は、本当に少しずつだが人々の心に侵入していく。
そして、いつの日か未知のコトでらなくなり自らの生活に受け入れられる。
その瞬間に訴求する。

広告量と表現の強さの反比例

接した人に好感をもってもらうことが広告の大前提。
嫌われたら、どんなに良い商品を提示しても買ってもらえない。
インパクトを得るため、どんどん強い表現を求めていくと、やがて嫌悪感を生む。
広告を形づくるあらゆる要素の強度や刺激度は、露出量と距離、企業の社会的なポジショニングによって調節しなければならない。

商品にはライフサイクルがあり表現が異なる

超ロングセラーは別として、商品には誕生後に成長し成熟、やがて衰退する。
商品がライフサイクルの中のどのあたりにいるかによって訴求ポイントは変化し、それとともに広告表現も変化していく。

言動に注意する

人は近くの嫌いな店より、遠くの好きな店で買おうとする。
少し安く売る嫌いな店より、少し高くても好きな店で買おうとする。
嫌いな店というのは嫌いな人のいる店。嫌いな人というのは、嫌いな言動をする人。
逆にいえば好きと思われたら勝ち。会社や商品は好きと思われているか?

好き嫌いは、モノよりコトの影響をうける

モノの機能の差が縮まり、機能の差だけでは選ばれなくなった。
モノの機能を必要として商品を買うが、選ぶときはモノが纏うコトへの好き嫌いで選択される。
モノに付加されたコトが大切になった。コトとは人が感応できるすべて。

「何を言うか」の発見と把握

「クライアントが言いたいこと」より、受け手側である「コンシューマ-の聞きたいこと」を優先すること。
「コンシューマ-の聞きたいこと」が商品から発見できないとすれば、商品自体に価値が無いことになる。

みんなに好かれようとして、みんなに嫌われる

商品価値の届き方は、みんなに近付くほど一般性を持たざるを得ないし、その分だけ平均凡庸となる。
シェアの拡大にしても100パーセントに近付くほど獲得効率は悪くなる。
ビジネススタイルも「総合」という提案や存在の価値だけが至上ではなく
「専門」や「個」「すき間」の持つ視点や深度、信頼性をも評価するようになった。
したがって「みんなに愛される商品」「みんなに好かれる広告表現」は幻想。

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